火事と首輪
 あの日のことは、よく覚えている。なんだか不思議な日だった。でも、あんなに「いいことをした」気持ちになったのは初めてかもしれない。



 三年前、この家に引っ越してきて数週間経った頃だった。
 すぐ近所の家が燃えていた。窓からものすごい炎が上がっていて、我が家の前の道にもよくテレビで観るような黄色いテープが張られていた。
 普段は退屈な田舎町が騒然としたその日に、チョビはウチの庭に来た。

 僕と妻は、燃えている隣家を観に行ったあと、家に戻って「ウチには燃えてしまっても自力では逃げ出せない猫たちがいるのだから、ものすごく火には気をつけよう」みたいな話をしていた。そのとき、庭から猫の鳴き声がした。

 外を見ると、華奢で汚れた猫がウチの中を覗きながら鳴いている。首輪をしているから迷い猫かもしれない。妻は放っておけない性質なので、その猫にひとまずえさをやり、様子を見た。
 「人を怖がらないから、きっと迷い猫だよ。首輪が手作りだし、かなり可愛がられていたんだと思うよ」と妻。僕は「元気そうだから、自力で家に帰るんじゃないの? ウチはこれ以上無理だからね」と先に釘を刺すことぐらいしか思いつかなかった。
 妻は「わかってる」と言いながら、その猫を連れて近所のSさんの家に聞き込みに行ってしまった。(Sさんは、当時唯一ご近所で顔見知りの人だった)
 しばらくすると妻は「飼い主がわかった!」と言いながら帰ってきた。偶然にもほどがある話で、嘘みたいだった。たまたま相談しにいったSさんの家に、数週間前「たずね猫」の写真を置いていった人がいたらしい。その人は、「動物病院に連れていった帰り、近所のコンビニに立ち寄ってドアを開けた隙に逃げられてしまった」と言って写真を置いていったそうだ。連れて行った猫とその写真を見比べて、間違いないことがわかった。
 飼い主さんに連絡をして、しばらくすると40代後半から50代前半の恰幅のいいおじさんが我が家へやってきた。おじさんは、玄関でキャリーバックの中を覗き込むなり、「チョビー、チョビー」と大きな声で何度も名前を呼んだ。
 横で見ていた僕は、泣きそうになっていた。
 約1ヶ月、探し回っていてもうあきらめかけていたそうだ。家は車で20分くらいの場所で、猫が自力で帰れる距離ではない。もしチョビがうちの庭に来なかったら、もし妻が保護しなかったら、もし妻がSさんの家に行かなかったら、もしSさんが猫の写真のことを覚えていなかったら……。
 僕以外の猫や人のおかげで、チョビはまた飼い主さんと会うことができた。
 僕はいいことをした気持ちになってはいたけれど、実は何もしていないことにも気づいていた。情けなかった。
 もう火事は鎮火していた。けが人がなかっただけでもよかった。
 そんな1日だった。変な1日だった。

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by satoshi_ise | 2006-10-15 22:10 | | Comments(3)
Commented by sasakiarara at 2006-10-16 14:02
あれ、タイトル、変わった?
Commented by satoshi_ise at 2006-10-16 14:18
変えました。
「地震雷火事親父」のリズムで読んでください。
Commented by satoshi_ise at 2006-10-16 16:57
元に戻しました。
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