部活短歌
長い長い余生の途中 高3の夏に敗退してからずっと(仁尾智)
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by satoshi_ise | 2008-03-20 08:17 | 短歌 | Comments(5)
Commented by coldleaf at 2008-03-21 09:17
僕は高校中退したんで、中学三年の夏の都大会で負けた日が実質最後の日でした。感動とかくやしさとか喪失感とかそういうのとは全く別の、奇妙な「虚無感」を試合が終ったあとに感じていて、それが僕にとっての「最後の日」でした。「悲しい」とか、そういう一極的な感情を持てなかったのは、何かが終るのと同時に何かが始まったからかもしれない、プラマイゼロになっていたのかも、とか、これを読んでふと思いました。始まったのが「余生」だとしても、余生も人生だから。

あ、ところで

ファウル球向こう岸から全力で投げ返してた 最後の夏も (秋ひもの)

↑ かくいう僕はずーっと補欠でした(笑)いや、一応市では一番強かったんで、うちのチーム(言い訳)
Commented by satoshi_ise at 2008-03-23 22:10
coldleafさん
虚無感。そうですね。悔しさとか感動とかとは少し違った気がします。
僕は(実際どうであるかはともかくとして)高校のころがピークだったイメージを引きずっている気がして、「余生」と表現してみました。

ところで短歌、いいと思います。
「ファウル球」が字数あわせに見えちゃうこととか、語順とかをクリアにしていけばより遠くまで届きそうだな……と思いつつ。
Commented by coldleaf at 2008-03-24 02:38
おおおっ御指摘どうもです!

恥ずかしい事ながら、今言われるまで、「語順」とか気にしたことなかったのですが、改めて周りを見ると、確かに倒置を除けば「普通文」として読んでも違和感無く読めるようになっている...これは僕的に、かなり衝撃的な発見です;確かに僕のは、思いっきり「57577と指を折りながら読んでください」と言わんばかりの(笑)

こういう技術的なことって、僕は絶対誰かに言われるまで気が付かなかったと思います。ありがとうございました☆
Commented by satoshi_ise at 2008-03-24 23:27
え、えらそうにすまなかったです。
でも余計な一言を言わせるのも、その短歌の力なのだと思います。
Commented by coldleaf at 2008-03-25 11:22
余計な一言だなんてとんでもないです。助言を頂けること自体稀有・貴重、という面もあるのですが、でも何と言っても、僕はそもそもタンタカタンカを読んで「僕もやってみよう」と思った人なんで、当の御本人からそれを頂けてありがたい限りなのです。

先日長々とお邪魔してしまった下のコメント欄でも書きましたが、僕が「短歌」という表現に求めるもの、自分でやりたいもの、というのは仁尾さんのそれとすごく近いところにあるのでは、と常々思っているので、そういった、「僕のやりたいことを理解してくれてる人」からの助言は(実際そうだったように)いつも的確なはずなんです。どうもありがとうございました。

...ありがとうございましたついでに、僕の短歌に対するコメントは常時大歓迎中ですので、ええ。あははは(←厚かましい)
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