『平熱ボタン』
a0014734_1623921.jpg 歌人の伊勢谷小枝子さんが上梓した第一短歌集『平熱ボタン』(あざみ書房)を拝読させていただいた。
 縦長のリング式で厚めの紙。4Bの鉛筆でなにか描きたくなるクロッキー帳みたいな装丁。
 右ページも右側についているノンブルがかわいい。
 枡野浩一さんの序文には、愛がある。
 柴田有理さんの装画は、エキセントリックで、だからこそしっくりきている。



 伊勢谷さんの短歌は、しれっとしている。
 一言で言い表しにくい伊勢谷さんの短歌に、なんとなくしっくりくるのは「しれっとしている」という言い回しな気がしている。「冷めている」とか「シニカル」という表現も間違いではないけれど、それでは片側しか言えていない感じがする。

しばらくは読まない本にはさんでは見つけたときに あーあー と言う
じだんだを踏んでいるのにみんなからダンスがうまいと思われている


 伊勢谷さんの短歌は、しれっとしていて、可愛げがある。
 一言ではやっぱり無理があるので、付け加えていくことにする。
 この可愛げは重要で、僕の脳内イメージは「奥様は魔女」に出てくるタバサなのだけれど、どうだろう。

あさがおの観察日記をつけている まいてないのでまだ種のまま
ピース! ピース! 私がここにいるせいでわたしの形に足りない世界
「持ち物に名前をつける」ということをかんちがいしてペンの名はポチ(短歌集未収録)


 読者の横で、姿を消しながら笑いをかみ殺しているタバサの姿が目に浮かぶ。(タバサが姿を消せたかどうかはさだかではない)

 伊勢谷さんの短歌は、しれっとしていて、可愛げがあって、不思議な言葉がちりばめられている。
 このたび短歌集としてまとまった伊勢谷さんの短歌を改めて読み返して、平易な言葉をベースにところどころ不思議な言葉がちりばめられていることに気がついた。

深層心理、軟質、煮沸、殺菌、グラフ化、リンパ、常習、摂取、軟着陸、注入、海溝、羊水、化石、擬態語、サナトリウム、鋼鉄、遺伝子、要因、観察、塩分濃度、離陸、常温、満ち欠け、太平洋横断光ケーブル、分類……。

 論文か!
 もしかすると謎めいている素性のヒントが、この辺にあったりするのかもしれないし、まるで関係なかったりするのかもしれない。

 伊勢谷さんの短歌は、しれっとしていて、可愛げがあって、不思議な言葉がちりばめられていて、奥ゆかしい。

待ってないふりをするのは難しく 驚く練習ばかりしていた
しあわせの記憶がかわいてきたころに遺品みたいに大事に生きる


 裏表紙のマークのように、無言で「ここにいます」と言っているみたい。

 伊勢谷さんの短歌は、しれっとしていて、可愛げがあって、不思議な言葉がちりばめられていて、奥ゆかしくて、奇妙な願望に満ちている。

この場所がいつか陸地になったとき化石の私が掘り出されたい
なつかしいものしか好きなものがない あなたもはやくなつかしくなれ


 ……なつかしくなれ。命令のような、祈りのような、素敵な表現だ。

 個人的には、なつかしくなる前にまたお会いして、いろいろお話したいと思っている。

 より多くの人に、より遠くの人に伊勢谷さんの短歌の不思議な魅力が届くことを願いつつ。
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by satoshi_ise | 2008-05-04 16:02 | 短歌 | Comments(2)
Commented by is at 2008-05-04 20:18 x
うひょ ありがとうございます。羊水でおぼれたせいだと思いますなにもかも。
Commented by satoshi_ise at 2008-05-04 20:21
isさん
こちらこそありがとうございます。
ずいぶん楽しませてもらっています。
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