おとなのふりがな
 シャワーを浴びているときには、身体か頭の何かが刺激されて記憶のフタのようなものがゆるむのではないだろうか。
 我ながら「そんなこと覚えていたんだ、俺」ということがよぎる。水の音のせいなのか、全裸であることの作用なのか、湯気の効能なのかは、よくわからない。



 たぶん高校生のときだ。いや大学生だったかも知れない。授業ではなかったような気がするので、テレビだろう。女性が履歴書の書き方を説明していた。僕はそれをぼんやり聞いていた。
「ふりがなの欄に『ふりがな』と書いてあるときはひらがなで、『フリガナ』と書いてあるときにはカタカナで書くのは常識ですが、念のために付け加えておきます」
 僕は、愕然とした。
 (大人とは、そんな細かいことにまで気を配らないといけない面倒くさい存在なのか。社会とは、そんな暗黙のルールが数多く存在する恐ろしい場所なのか)
 きっとこの先、まだ見たことのないものすごく高いハードルをいくつも超えないと、普通の大人になれないのだ、と暗澹たる気持ちになった。
 今朝、シャワーに打たれながら、こんなことを思い出していた。

 昨年末、40歳になった。
 普通かどうかは別にして、はたから見ると大人過ぎるほどの大人になり、僕も大人のふりをしながら、どうにか生きている。

 「キュ、キュ、キュ」
 シャワーを止めようと蛇口を回すと、マンガの擬音をそのまま現実にしたような安っぽい音がして、我に返った。遅刻しそうだった。

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最近素敵だと思っているブログは「センネン画報」。
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by satoshi_ise | 2009-01-31 10:48 | その他 | Comments(0)
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