ちやほや論
 下記は友人の佐々木あららくんが、ついったーでつぶやいてくれた「ちやほや論」です。
 僕の考えている「ちやほや」を、とても正しく、わかりやすく伝えてくれています。



「ちやほや」について、つぶやくように講義をしたい。
「ちやほや論」。(講師:佐々木あらら)

1:
「ちやほや」は友人で歌人の仁尾智が提唱した概念です。
ある日、仁尾さんが、「僕は文章も短歌も、
結局、ちやほやされたいから書いている」と言ったのです。

2:
最初は「この人はなんと素朴な人だろう」とあきれました。
僕は高校時代から作品が一般商業誌に載る機会が
人より多かったし、自分で思うに、昔から、
ちやほやされ続けてきたのです。

3:
仁尾さんの発言には「今さら、ちやほや?」と思ったりもしました。
しかし、仁尾さんのその言葉から立ち戻ってみると、
あることに気付きました。

4:
どうやら、僕もちやほやされたいから書いていたのでした。
「この業界の発展のために」とか「自分のレベルを磨くために」とか
「自分だけにしか書けないことを探して」とか、こういうのは、全部、
結局、「ちやほやされたいから」なのではないだろうか。

5:
ちなみに、仁尾さんのいう「ちやほや」というのは、
身内にほめそやされることではないです。
そんなのはすごく「低いちやほや」。

6:
仁尾さんが例示する、もっとも高いレベルのちやほやは、
「喫茶店で隣に座った他人の雑談の中に自分の
作品の話が出てきて、『ほら、これ、すげえだろ』って
言うのを耳にすること」です。

7:
自分より遠くの人にちやほやされるほど、
ちやほや度は高いのです。

8:
遠くの人まで届くように文章を書いたり、
短歌をつくったりする意味、
「なぜ?」と繰り返して自分の動機を探っていったら、
仁尾さんの場合は「ちやほや」にたどりついたのでしょう。

9:
そういうことを臆面もなくいえる仁尾さんはすごいと思います。
僕は、自分がちやほやを求めて生きていることを
公言することなんてできなかった。

10:
僕が今まで、いろいろな仕事がすべて中途半端にしか
できなかったのは、こういう自分の中の「ちやほや欲」を
偽って生きてきたからなのではないか。そう思ったりもするのです。

11:
「ちやほやされたい」「もっと多くの人にちやほやされたい」
「もっと有名な人にちやほやされたい」
「もっと権威ある人にちやほやされたい」
「自分とは全然違う世界の人にちやほやされたい」
「未来の人にもちやほやされたい」……。
ちやほやはどんどん広がっていきます。

12:
大きくなってくると、それは違うものに思えてしまう。
というか、思いたくなってしまう。
ただのちやほやなどという卑近な志を持っていることが、
なんとなく恥ずかしくなるから、隠してしまうのかもしれない。

13:
今までしてきた仕事を振り返ってみると、
僕は、いろいろなサイズの「ちやほや」を求めてきただけでした。

14:
もう今は言えます。僕はちやほやがほしくて生きています。
たぶん、この35年間、ずっと。

15:
ちやほやは簡単に得られる物ではないです。
「仲間内でほめられるのは低いちやほや」というしくみなので、
「ちやほや」を求めると、おのずと広い舞台を戦場にしないといけません。

16:
その戦場だって名前が知れれば
やがては「仲間内」となりますから、
またさらに広い戦場に「ちやほや」を求めることになるのでしょう。

17:
ちやほやへの闘争は終わりがないのです。

18:
まずは小さなちやほやを探りたいです。

19:
いや、それは違うかな。最初から大きなちやほやを求めて
がつがつしていったほうがいいのかな。あ、そうかも。

20:
ちやほやは恥ずかしいことではなく、
質の低いちやほやを求めることが恥ずかしいことなのである。

21:
自分のちやほや欲を見つめていないと、
なんだか変な袋小路に入っていってしまいそうです。

23:
誰しもそうだ、という気はありません。
別の生き方をしている人だって多いはずだ。
でも、僕は、振り返ってみると、たいていちやほやでした。

25:
あと、僕の優先順位でいうと「すごく信頼している
大好きな友達のちやほや」というのは、
身内だけども上位にある。ちやほやは難しい。
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by satoshi_ise | 2009-10-11 21:18 | その他 | Comments(0)
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