カテゴリ:日記( 39 )
正しい叔父さん
 2006年01月27日にこんな文章を書いていた。7年半前だ。

==正しい叔父さん==

 姉には高校1年生と中学1年生の息子がいる。年に2度くらい会うけれど、会うたびに別人のように顔が変わっていて新鮮だ。彼らにとって、僕はつまり「叔父さん」ということになる。

 小説やドラマに出てくる叔父さんには、次のようなタイプが多いように思う。(たぶんストーリー上、都合がいいのだ。普段生活圏にいなくて、利害関係がなく、トラブルメーカーとしてひょっこり現れる役として)
 ・お金にだらしがない
 ・突然現れる
 ・時折金の無心にやってくる
 ・うだつがあがらない
 ・親(叔父さんにとっては兄弟姉妹)にはなんとなく疎まれている
 ・でも子どもとは仲がいい……など
 こうして書き上げていくと、これは……僕だ。僕は自分がすごく正しい叔父さんであることに気づく。
 これからも、うさんくさくて、ろくでなしで、父親だったら絶対にいやだけれど、なんとなく憎めない「正しい叔父さん」でいられるといいと思う。

※兄弟姉妹に対しての、金の無心はいまのところしたことはない。また、疎まれるほど絡んでいない。
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 ここに書かれている「高校1年生」の方の息子(つまり僕にとっては甥っ子)が、あした奥さんと共に初めて我が家に来る。7年半とは、そういう月日だ。
 僕は、7年半を経て、より「正しい叔父さん」に近づいている。
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by satoshi_ise | 2013-08-23 23:13 | 日記 | Comments(2)
甲子園
 僕がどんなにヘコんでいようと、そんなことにはまるでお構いなしの暑さである。
 日差しは強く、セミの自己主張は激しく、そして甲子園には金属音が響く。

 高校野球が好きだ。自分と選手との日常の違いに思いをはせながら眺めるのが好きだ。

 甲子園には、もう決して足を踏み入れることができない聖域のような厳かさが宿っている。そこに立てる者と立てない者との差が毅然としてある。

 ……と書くと、僕が高校球児だったようだが、僕はバスケットボール部で、甲子園を目指したことは一度もない。高校の頃は「なんで野球の全国大会だけあんなちやほやされるんだよ……。バスケで全国大会に行ったって応援団も来なければ、テレビにだって映らないのに」と不満に思っていた。
 ……と書くと、僕がバスケで全国大会に出場したように聞こえるが、県大会ベスト16止まりだった。

 それはさておき。

 高校野球は、試合終了後の校歌斉唱がいい。

 勝ったチームの選手たちは、ホームベースの後ろに整列し、校歌を斉唱する。彼らは喜びをかみ殺し、もっともらしい顔をしながら校歌を唄う。
 校歌を唄い終え、グランドに一礼する。そこで、窮屈な儀式から解放される。雰囲気が一変し、素顔に戻る。
 この瞬間がすごくいい。

 選手たちが、応援団への挨拶のためにスタンドに向かって走る。人は嬉しいとこんな走り方になるのか。あまりに無防備ですがすがしい。
 挨拶をする選手たちは、みな特別な顔をしている。
 ごく限られた人の、ごく限られた時期にしかできない顔を見るために、夏が来る度に甲子園球場のスタンドには大勢の人間が訪れる。フェンスで隔たれて、自分には行けない場所に行けた者の特別な顔を見るために。
 甲子園とはそういう所だ。

 きょうは決勝戦。どちらが勝っても初優勝。どちらも、もう十分すぎるほど特別だ。どちらもがんばれ。

 笑っても泣いてもきょうで最後ならいずれにしてもあすは最初だ(仁尾智)
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by satoshi_ise | 2013-08-22 07:20 | 日記 | Comments(0)
父のこと
父の日なので、父のことを書きました。


「父のこと」

父が脳梗塞で倒れたのは、ちょうど二年前のことだ。

実は、当時のことはあまりうまく思い出せない。母から連絡があったのか、実家の近くに住む姉だったか、妹だったか。当日に連絡があったのか、それとも後日だったのか。記憶が不鮮明だ。
いずれにせよ危険な容態だった。妻と搬送先の病院へ駆けつけた。父の意識はなく、枕元にはドラマでしか見たことがない緑の表示の計器のようなものがあった。口には透明のマスクが付けられていた。
何をするべきか、わからなかった。ああいうときは何を話しかけるのが正解なのだろう。促されるまま父の手を握ると、ただ泣けてきた。
父は昭和一桁の生まれでもう高齢だし、僕はもう四十を過ぎた中年だし、こういうことは当然起こることだし、たとえ誰かに万一のことがあっても、泣いたりしないだろう、と思っていたのに。姉や甥のいる前でみっともない、と思いながらも止められなかった。あの頃、すでに心のバランスを崩していたのかもしれない。
じっとりとした面会時間の中で、父は、時折大きなあくびをした。そのあくびがなんだかすごく不穏な兆しに感じられた。不謹慎なのだけれど、あくびのたびに枕元の緑の計器の動きが気になっていた。
やや頑固で理屈っぽくて恰幅のいい父の、まるで場にそぐわないのんきなあくびに、また泣けて仕方なかった。

母から「もしものときはあなたが喪主をやってね」と頼まれたり、医師から延命治療の同意書の記入を求められたり、となかなか息苦しい日々だった。
なんとか山場を越えて、父は一命をとりとめた。当初は歩くことや話すことはおろか、口から物を食べられるようになることも難しいと言われていた。しかし、父は数カ月の入院と退院後のリハビリによって、医師も驚くほどの回復を示した。
右半身は麻痺し、言葉や記憶に障害が残っているものの、食事は左手で器用に食べ、今では車椅子なしで歩いている。トイレも介助なしで行ける。自分の名前や生年月日は答えられないけれど、言葉がまったく出てこないわけではなく、意思の疎通はできる。
なにより父は、倒れる前よりもずっと穏やかで、ほがらかになった。いつも照れたように笑っている。

父が倒れて以降、できるだけ実家へ行くことにしている。僕を息子だと認識しているのかは、はっきりしないけれど、近しい人間だということはわかっているようだ。僕の顔を見ると、ボソリと「よく来たな」とか「お疲れさん」とか言って、あとはニコニコしている。

実家を訪れたある日のこと。リビングルームで、妹と昔の写真や文集を眺めていると、アルバムから一枚のハガキが出てきた。「もうこれ以上は無理」というくらい茶色く古びたそのハガキは、父宛の年賀状だった。差出人は「○○タカ」(○○は父の姓。……つまり僕の姓。伏字にする意味は、あまりない)となっている。僕にも、妹にも「タカ」なる人物が誰なのか、わからなかった。妹が隣に座っていた父に聞く。
「ねえ、このタカさんって誰? お兄さん?」
父は、すぅと真顔になり、毅然と答えた。
「いや、違う。タカさんはお兄さんじゃない」
一瞬、父が倒れる前の父に戻ったのかと思った。そのくらい別の顔だった。
「じゃあ、誰?」
妹が聞くと、父は今の父の顔に戻り、照れたように笑いながら「いや、お兄さんじゃないんだ。タカさんは」と言った。誰なのか、頭では分かっているけれど、言葉が出てこないようだった。
照れ笑いに見える表情は、もどかしさをごまかしているのかも知れない。
ちょうどそこに母がお茶を持ってきた。妹が母に「このタカさんって誰?」と聞く。
「ああ、タカさんはパパのお母さんよ」
父の母親(僕にとっての祖母)は、僕が生まれる前に、すでに亡くなっていて、僕らは名前すら知らなかったのだ。
自分の名前や生年月日はわからなくても、母親の名前は覚えている。母親とは、そういう存在なのだ、と思った。

そして、父のことを書くつもりが、結局母親のことを書いている。
母親とは、そういう存在なのだ、と改めて思う。
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by satoshi_ise | 2013-06-16 00:00 | 日記 | Comments(2)
ミルキーのこと
ミルキーはママの味すら知らないで鳴いてた猫に名付けた名前
(「ネコまる」2010年夏号掲載)

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by satoshi_ise | 2010-09-23 09:13 | 日記 | Comments(4)
のろま
 僕は、音楽に疎い。
 「NO MUSIC,NO LIFE」どころか「NO MUSIC IS LIFE」だ。この英文が合ってても間違ってても指摘はいらない。大事なのは雰囲気だ。(ちなみにグーグルで翻訳にかけると「音楽ライフはなし」と出る)

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by satoshi_ise | 2009-07-11 01:45 | 日記 | Comments(0)
血液型
 この40年間、スケートをしなければならない場面に遭遇しなかったので、僕はスケートをしたことがない。
 これと同じ理屈で、僕は40年間、血液型を調べたことがない。
 おそらくはB型かO型らしい。(あくまでも僕が父母と思っている人たちの間に生まれていることが前提)
 ……という話を、酒の席などでよくする。そんな話をよくしているうちに、ある法則に気がついてしまった。
 ※ちなみに僕は血液型によって性格が違うなんて、まったく信じていません。

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by satoshi_ise | 2009-03-28 01:07 | 日記 | Comments(2)
メディシンボール
胸に猫 足もとに猫 右に妻 枕元に猫 左には壁 (仁尾智)

 連作「ネコノイル」に入っている一首。
 この短歌には「左には壁」とあるけれど、正確に言うと仰向けに寝たときの左側の壁沿いには、本棚が置いてある。本棚の高さは、僕の腰くらい。本棚の上には猫用のベッドがいくつか置いてあり、猫の寝床にもなっている。

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by satoshi_ise | 2009-03-22 01:29 | 日記 | Comments(2)
不相応
 さっき我が家のドアチャイムが鳴った。
 妻は買い物に出ていて不在だったので、僕がドアを開けた。
 ドアの前には作業着っぽい服を着た50代後半から60代前半くらいの、小太りなおじさんが立っていた。
「……」
 おじさんは少し戸惑ったあと、言った。
「……お父さんとお母さんは出かけてますか?」
 僕は少し戸惑ったあと、言った。
「……ここの家主は私ですが」
 おじさんは大いに戸惑いながら、この家の屋根の傷み具合を説明して、パンフレットを置いて帰った。リフォームの営業らしい。

 こういうことは、過去にもあった。
 知っている人は知っているけれど、僕は見た目が幼いわけでもなければ、はつらつと若々しいわけでもない。
 普通に四十年も生きれば背負ってしまう何かを、うまく背負えていないのだと思う。
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by satoshi_ise | 2009-03-08 17:11 | 日記 | Comments(2)
単身赴任終了
 2007年9月から広島、大阪へ単身で赴任していたのですが、このたび我が家に戻りました。振り返ってみると、貴重な時間だったな、と思います。
 久しぶりのひとり暮らしを「つまらない」と感じたことも、他の人と接することに以前ほどストレスを感じなくなっていたことも、この単身赴任で知った自分でした。四十歳になったって、まるで自分のことなんてわかってないのだ、ということが、よくわかった。
 そういうわけで、猫にまみれた生活に1年半ぶりに復帰です。
 僕がこの家の一員であることを、猫たちにわかってもらうことが当面の目標。
 その後は、あまり閉じてしまわないように、できるだけ人に会って「遊ぶ」ことが、今年の目標。
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by satoshi_ise | 2009-02-15 09:06 | 日記 | Comments(7)
不必要可欠(必要でなく欠けてもよいさま)
 猫がとぼとぼ出ていってしまう夢で目が覚めた。家を出ているのは、僕のほうなのに。寝汗が気持ち悪い。

 「なくてはならないもの」を持たないように心がけてきた。
 「なくてはならないもの」とは、つまり失うと痛みが伴うものだ。そんなもの最初から持たなければ痛みを味わうこともない。痛いのは、好きじゃない。
 思えば、こういう類の予防線をかなり用心深く張りながら生きてきた。子供のころからずっと。
 「あってもいいけどなくてもいいや」とか「いてもいいけど、俺、特にいなくてもいいよな」という場所で生きてきた、つもりだった。

 単身赴任をはじめて1年になる。
 こんなにも猫の匂いに飢え、こんなにも一人暮らしをつまらないと感じるとは。不覚だ。これが「なくてはならないもの」を手に入れてしまった、ということなのかもしれない。
 自覚なく手に入り、失っても痛みすら伴わない。
 ただ生きることがつまらなくなる。

 「なくてはならないもの」は、恐ろしい。
 それを失うのを恐れていることが、もっと恐ろしい。
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by satoshi_ise | 2008-10-19 22:59 | 日記 | Comments(2)